2016/06/10

OSHO 禅タロット  道徳性

OSHO 禅タロット 
雲のクイーン 
道徳性

OSHO:
菩提達磨(ボーディダルマ)……は、
道徳家、厳格な人、いわゆる善人たち、空想的社会改良家たちをはるかに超えている。彼は問題を底の底まで理解している。

覚醒があなたのなかで湧き起こらないかぎり、あなたが たの道徳はすべて偽物だ。あなたがたの教養は誰にでも破壊できる薄い層にすぎない。だが、ひとたびあなたの道徳がなにか規律からではなく、あなたの覚醒から出てくるようになった ら、それはまったく別のものだ。そう なったら、あらゆる状況で、あなたは自分の覚醒から応じるようになる。

そして、あなたのすることはすべて良くなる。覚醒には悪いことなどなにひとつできない。それが覚醒の究極の美——。覚醒から出てくるものは、すべ てただ美しく、ただ正しく、どんな努力も訓練も伴っていないということだ。

だから、枝や葉を切るのではなく、根を切るがいい。そ して、根を切るには、ひとつの技法以外に方法はない。油断せずにいるための、醒めてあるための、意識してあるための技法 だ。

解説:
道徳が、生のすべての潤いとエネルギーをこの女性の心の狭い範囲に押しとどめています。
それは流れることができないので、 彼女はまさに「ひからびた古いプルーン」になってしまっています。彼女のマナーはすべてこの上なく礼儀正しく、堅苦しく、厳格です。
あらゆる状況を首に掛けている宝石のような、黒か白かにはっきり見わけようとしがちです。
「雲のクイーン」は、善と悪、罪と徳、容認できることと容認できないこと、道徳と不道徳という固定観念で育てられた私たちみんなの心に潜んでいます。
心が下すこうした判断はすべて、私たちが受けた条件づけによって生み出されているのを思い出すことが大切です。
そして、 私たちのその判断によって——判断を下した相手が、自分たちか、 あるいはほかの人たちかどうかを問わず——私たちは内側にある 美と神々しさを体験できなくなっているのです。
条件づけという 檻を突破し、私たち自身のハートの真実に行き着いて初めて、生をあるがままに見ることができるようになります。



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